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介護の森で見つけた光⑧⑨合併稿
『介護は面白い ~ウーノ10周年&ドゥーエ、トレ開設を記念して~』

中川 春彦

――あなたの身内を安心してラヴィータ・ウーノに預けられますか?

特別養護老人ホーム ラヴィータ・ウーノでは、毎年4月に周年記念として、それまでの実践を報告する発表会を開催しています。1周年記念の発表会の場で、私はこのテーマで話をさせて頂いたのですが、事前にウーノの全スタッフに同様のアンケートを取っておき、その結果をもとに発表を行いました。

内容の詳細は覚えていないのですが、アンケートの結果が、

「はい(安心して預けられる)」が5割弱。

どちらとも言えない」と「いいえ」が、合わせて5割強。

自分が働いている現場に安心して預けられない人が半数以上いるという現実に少しショックを受けたのを覚えています。

 そして、私自身は、「私がいるのだから、安心して預けられる!」と高らかに宣言し、発表を聞いて下さっていたご家族から盛大な拍手を頂いたのを覚えています。

 その中でも言わせてもらったのですが、「私がいるから」というのは、私が凄い介護職で、仕事も凄くできて、ということではなく、1年一緒に介護の仕事をする中で、この人は信頼できるな、という人がどのフロアーにもいることが見えてきて(ウーノは全部で4フロアーある)、この人がいるフロアーであれば安心だな、ということが感じられるようになっていたから。そして、何かあればすぐ話ができるから。

 結局、安心して身内を預けられるか、というのは、信頼できる人が一人でも多く存在するかにかかかっているのではないか?そんな話を9年ほど前にして、その思いは今も変わっていません。

10年――。

 ラヴィータ・ウーノのオープンから10年の月日が経ちました。その時からのスタッフは本当に少なくなりました。入居者に至っては数えるほどしかいません。様々な出会いがあり、別れがありました。

 そして、私ももうすぐラヴィータ・ウーノを去ろうとしています。新規オープンする、西九条の事業所(ラヴィータ・ドゥーエ=グループホーム、トレ=小規模多機能型居宅介護)にケアマネとして移ることが決まっているからです。(この稿がホームページに載る頃にはもう異動しているでしょう)

 先日、プチお別れ会のような席で、あるスタッフから「中川春彦の介護観って何?」と問いかけられました。

 突然の問いかけにも、それなりの回答を示す、が私の信条なので、それなりの回答は示したのですが、10年という区切りと、働く場が変わる、というこの機会に、一度この10年を振り返り、自分の介護観というものを不明瞭ながらも示してみる、というのは自分にとっても価値があることかもしれません。

以下、少し長話になるかもしれませんが、興味のある方だけで結構ですので、お付き合い願えればと思います。


 10年と少し前、ラヴィータ・ウーノで働き始める前の22歳の私。

 私の心の在り様(よう)は、今よりもっと複雑でした。
あの頃の私の心の在り様を一言でもし表すとするなら、「根拠のない強烈な自信と激しい劣等感をごちゃまぜにしたような」が適当かなと思います。
「自分の力を証明しなければと、という焦りと、実際にはほとんど何もできない、失敗ばかりの現実」が働き始めてからもしばらく付きまといました。
本当に実力がある人は、そんな気負いはない。どう振る舞えばいいかが分かっているから、心にゆとりがあり、そのゆとりが周りの人間を落ち着かせる。ということが今なら分かるのですが、力が無いゆえに、無駄が多く、常に勢い込み、自ら体勢を崩して七転八倒せざるを得なくなる。そんな中でも、常に心がけていたことがあります。それは、

「施設の中に入居者を閉じ込めたくない」

ということでした。

 車の運転もまともにできないのに、周りの人を巻き込みながら本当に色んな所に出かけていきました。遠足で万博公園など大きな公園に出かけたり、外食、日帰り温泉、一泊旅行、自宅に帰って1日中一緒に過ごしたり、地域の盆踊りに参加したり。

 施設の中では見られない、入居者とご家族のいい表情が見られる、というのも外に連れ出す大きな理由ですが、それと同じくらい、施設の中だけでは感じることのできない充実感が私自身の中に芽生える、というのも同じかそれ以上に大きな理由でした。
 地域交流だなんだと難しく考えてそうなったのではなく、入居者やご家族の希望と自分自身の楽しみのためにがむしゃらに動いていたら、今みたいな形になった、というのが本当のところです。

 一方で、施設の中の介護はどんなことになっていたのか。

 今だから告白しますが、私が最も苦手だったのは、食事介助です。自分で食べる人はいいけれど、食事を食べるのに介助が必要になるくらいの人は、体が不自由で、ほとんど体も動かさない(動かせない)方がほとんど。そんな人たちが毎食全部食べるほうが不自然で、のども大して乾かないだろう、という思いが私にはずっとありました。

 ウーノがオープンして80床が満床になり、しばらくすると、「早く、多く」食べさせるのがいい、という空気が流れ始めました。口の中に無理やり押し込むような食事介助風景を何度も見ていて、あんな介助は私はしたくないし(自分が年寄りになった時に)されたくないし、できない、とずっと思っていました。何より「誤嚥のリスクが高くなり、入居者が危ない」と。

 幸運なことに同様の思いを抱いていたスタッフが他にもたくさんいたことで、その人のペース・おいしく食べられる量を見極め、それ以上のペース・量は提供しない、ということが浸透していくことになりました。看取り期の方は特にそれが徹底されました。

 すると不思議なことに、たくさんの栄養、水分を摂取しないと、早く亡くなってしまう、と思い込んでいたのに、少ない量でも、無理なく食べられる・飲める量が、その方のその時の必要十分量である、ということが見えてきて、低地安定と言いますか、穏やかに長く生きられる、ということが分かってきました(比較はできないので、どちらが長生きできるという正確なことは言えないですが)。誤嚥して、肺炎になり、病院に運ばれるリスクが軽減することを考えれば、どちらがよいかは明らかであるとも思えるのですが、細かい部分になるとスタッフによっては色んな考え方がありますし、ご家族の思いもあるので、正解を示す、というのはほとんど不可能ではないかと思っています。

 もちろん、おなかがすくような、のどが渇くような取り組み(運動など)が大切、というのは、その通りだと思うし、取り組んでもいましたが、十分にはなかなかできなかった、というのが本音です。
 また、ウーノは食事がおいしかったので、味については特に思うところはなかったのですが(外注で、施設内の厨房で食事を作ってもらっている)、食事形態については少し思うところがあります。

 先日、じじばば体験なるものを新人スタッフ対象に行いました。ドゥーエが開設するのに合わせて、(ウーノ=特養からドゥーエ=グループホームに移るスタッフもたくさんいるので)両事業所にスタッフをたくさん採用したのですが、その人たちへの研修として、まずは「介助される側」を体験してもらいたい、ということで、食事・排泄・移動・孤独の被介助体験をしてもらいました。

 こんな介助はされたくない、というのを誇張する形で研修を行ったのですが、食事は特に介助される者にとっては辛かったようで、新人スタッフの感想としては

 「ミキサー(ペースト)食はまずい。何を食べさせられているのか分からない。飲み込む前にどんどん口に入れられると辛いし怖い。食べた気がしない。みじめな思いになる。薬を食事に混ぜることで、さらにまずくなる。食欲がなくなる。おなかが減っていても食べる気が失せる。」などがあったのですが、改めて「なぜミキサー食になるのか」を問うた上で、こんな話をさせてもらいました。

「噛む力・食べ物を飲み込みやすい大きさの塊にする力、飲み込む力が弱まることで、人はむせやすくなり、誤嚥のリスクも高くなる。嚥下機能が衰えたから、飲み込みのしやすいミキサー食に変更する、と普通は考える。もちろんそれは間違ってはいないが、浅く座って首がのけ反っていたり、体が傾いたまま食べさせていたり、飲み込みがしにくい姿勢をそのままにしておいて、さらに、本人のペースに合わせない、どんどん口の中に押し込むような介助をしていたとしたら、自分たちの介助のまずさでむせさせておいて、危ないからと、どんどん食事形態をダウンさせてしまう。最終的にはミキサー食でも危ないと、胃ろうにまでしてしまう。

 十分に気をつけてのことなら仕方がないかもしれない。でも、今日皆が食べたような食事にできるだけしないようにするのが私たちの仕事であり、そのために、食事中の姿勢、表情を見ながら、必要に応じて姿勢や介助のペースを調整し、おいしく安全に食べられるように十分配慮しなければいけない」

 グループホームでは、今までと違い、食材を選び買い出しに行くところから入居者とともに行い、調理も一緒に行います。食事介助が必要ない方がほとんどで、食事支援の形が根本から違ってくる、というのは不安がないと言えば嘘になりますが、今は楽しみの方が大きい。このことについては、後でまた書かせてもらおうと思っています。


次は排泄。

 ウーノでは、オープン当初から、必要のないオムツ・尿取りパットは当てない。トイレで排泄できるように支援し、できるだけ下剤に頼らず自然排便を目指す。自らトイレの訴えのない方へは、生活の節目(食事前後やお出掛け前など)にトイレに座って頂き、トイレで排泄できるリズムを作れるように支援していく。ということを排泄ケアの理念とし、当たり前に行ってはきました。

 食後の排泄は(大人数であり、仕方がない面もありましたが)一斉に全員行うことで流れ作業的になっている(声掛けもなくトイレに連れて行ってしまう、など)、ということで改善を試みることが何度かありましたし、言葉がけなど羞恥心への配慮に欠ける対応が多くみられるようになると、皆で意識しなおす、ということも1度や2度ではなく、少しでも、よい取り組みを、と本当に頑張ってきたと思います。

 難しかったのは、認知症のある方で、トイレ以外の場所で排泄してしまうケース。もちろん、その方にとっても、トイレ以外の場所で排泄する、というのは、やむを得ず行っているのであって、決して気持ちのいいことではないことを考えれば、適切な支援方法というのがあるはず、と思うのですが、なかなか難しい。

 感性の豊かなスタッフなんかは、その人のそわそわした感じを読み取って耳元で小声で話しかけ、すっと手をとり、トイレまで自然と一緒に行って、無理なく排泄してもらったりしていました。でも、全員が全員そういう対応ができるわけではなく、そういう人でもいつもうまくいくわけでもない。そういえば、女性の入居者の排泄ケアの時にとんでもなく怒られたことがあったなぁ。

 いつもうまくはいかなくても、小さな気づきと細かい配慮がケアの質を向上させる、ということを自分自身にも言い聞かせたいと思います。

 関しては、ウーノはオープン当初からヒノキの一人浴槽を採用していたことで、地域でも評判になっていたようです。あそこのお風呂はいい、と。中で働いている私はそのことを長らく知らなかったのですが、ケアしていても、この風呂はいい、ということは感じていました。機械浴も使わず、どんな重度の障害を持たれた方でも、普通の浴槽に入って頂く、というのは、スタッフにとってもある種の誇りになっていましたし、介助技術を向上させる意味でも、すごく勉強になりました。

 ただ、少し無理をして一人の介助で入浴して頂いている(浴槽の出入りをしている)ケースも少なからずあったことは事実で、介助を受ける側にとって、本当に安全で気持ちのよい入浴になっていたか、というのは、一部疑問符をつけざるを得ないケースはありました。

 今年度のウーノの介護部門の目標を決めるとき、この話をして、「無理な介助はしない。無理に一人でしない。必要に応じて2人で介助することで、本当に安全・安心な介助が行えるように」という目標が加わりました。

一人でもできる、に重点を置くのではなく、その人にとって本当の安心を提供する。

介護職目線ではなく、あくまでも入居者目線で。よく言われることではありますが、改めてそのことの重要さを考えていきたいと思います。


 リハビリとレクリエーションは、リハ・レク委員が中心に行うものが月2回、全ての常勤スタッフが順番に担当して行う「カルチャー教室」なるものが月2回。それ以外に、日々行うものがあり、外に出かけたり、体操をしたり、作品やおやつ作りをしたり、と様々な催しが行われてきました。花見や遠足などのフロアごとの行事、盆踊りや敬老会・クリスマス会など全体行事。大きなイベントになるほど準備が大変で、時に夜遅くまで残って準備に追われることもありますが、普段と違うことというのは、もちろん大変だけれど、大変な分達成感も大きい、ということで、私は様々な行事を担当してきました。

 
 中でも印象深いのは、地域の盆踊り大会へのタコヤキ屋の出店。

 ある年の夏、昔タコヤキ屋をされていた男性入居者Sさんと、地域の盆踊り大会に一緒に出掛けました。

 大きなグラウンドの中央にやぐらが建ち、その上で歌い手が歌を歌い、その周りを浴衣を着た地域の方々がグルグル回りながら踊りを踊る。その周囲を囲むようにして30店ほどの露店が並んでいました。立派なお祭りだなぁと感心するとともに、ある提案が頭に浮かびました。

 「Sさん、ここでタコヤキ屋を出せたら面白くない?」

 Sさんはニコニコしながら照れ笑いを浮かべていました。施設に戻って仲の良い別の男性入居者にも話をすると、「さんせーい!」と3人で大盛り上がり。そこからが大変でした。

 思い付きで提案してしまうのは私の悪い癖で、それを何とか実現させようと色んな人に話しまくって色んな人を巻き込むのはさらにたちが悪いと自分でも思うのですが、この時ばかりはさすがに無理か、とあきらめかけていました。

 食品を提供する、ということで、食品衛生法に引っかかるのではないか、という話がまずあり、心理的な面においても、老人ホームに入居している人が焼いたタコヤキなんて誰も食べないんじゃないか、という話もありました。当時、入居者に食事準備を手伝って頂こう、という取り組みをしていて、ご飯をよそってもらうなどしてもらっていたのですが、理解あるはずのご家族ですら、「入居者に食事準備させるなんて不衛生。やめさせてほしい。」という話が出たくらいで、それが地域となったらさらに心理的抵抗は強くなるはず。やめた方がいい。という話もありました。けれど、盆踊りを主宰する地域の方々が許可して下さり、全面的に協力して下さったことで、出店が可能になったことが知らされました。

 その報告をすると3人で再び盛り上がり、夜な夜なタコヤキを焼く練習を重ね、いざ当日。

 左半身麻痺のSさんと右半身麻痺のOさんは懸命にタコヤキを焼き、(昔も店の手伝いをしていたという)Sさんの娘さんも手伝って下さいました。心配していた地域の方々のマイナスの反応は全くなく、タコヤキは飛ぶように売れて、2日間行われたのですが、両日とも完売。

 盆踊りにもウーノの入居者がたくさん参加し、踊りの先生をしていた人や、地域の婦人部の元会長さん(口癖は「私はもうあかん。淀川に流してくれ。」)なんかは、昔のたくさんの知り合いの方から声をかけられ、本当にいきいきとしていました。それ以外の方も、お祭りの楽しい雰囲気を体で感じ、施設の中ではクスリとも笑わない入居者が満面の笑みを浮かべながら踊りの輪の中に入ったり、車いすで半身麻痺の方が、麻痺側の手を自分で持ち上げながら必死に踊ろうとしていたりと、この場でなければ決して見ることができない姿をたくさん見ることができました。同行したご家族も同様に楽しんでおられました。

 なにぶん初めてのことで、不手際がたくさんあり、たくさんの人に迷惑をかけまくったのですが、介護の仕事の可能性のデカさに身が震えるような思いをしたのを今でも覚えています。

 語り尽していない思い出が、介護が、山のようにあります。

 そんな思い出の詰まったラヴィータ・ウーノを、私はもうすぐ去ろうとしています。

 時に苦しめられ、時に悔し涙を流し、そして大いに笑いまくった特養ラヴィータ・ウーノに今は感謝の念しか湧いてきません。苦しかった思い出も、今となっては全て成長の肥やしだったと捉えることができます。歴代の全てのラヴィータ・ウーノのスタッフ、入居者、ご家族に感謝します。

 グループホーム、ラヴィータ・ドゥーエを今から運営していくに当たり、少しだけ決意表明をしておこうと思います。

 10年介護をして色々な現場を見ていると、現場を見て衝撃を受ける、ということは随分少なくなるものですが、先日うちの理事長が「衝撃を受けた」という現場を見に、広島県庄原という所まで行ってきました。正直あまり期待はせずに。老人保健施設とグループホーム4事業所等々を運営している聖仁会という法人で、私はそのうちのグループホーム「ボレロの家」という所で2日間現場実習をさせてもらいました。

 お昼過ぎに現場に入り、ちょうど昼食が終わって片付けが始まるところだったのですが(全員の食事が終わるまで片付けは始まらず、スタッフも動いていないようでした)、一斉に動き始めたかと思うと、入居者全員が立ち上がり、何らかの片付け作業に取り掛かり始めました。

 明らかに元気な方が食器を洗っているのはいいとして、よたよたの人がどうにかこうにか歩きながらテーブルを拭いたり(転倒のリスクが高いようでスタッフがすぐ後ろに控えつつ)、玄関前まで行って拭き掃除をしたり。モップがけをする人、ほうきで床を掃く人。全員。全員が何かをしている。スタッフに促され、見学者である私たちもあちこち拭いたり、ごみを拾ったりと仕事を始める。何もしていないと居心地の悪さを覚えてしまう空間。

 「あの人が休んでるのに、何で私がやらんといけん?」

 そんな言葉が出てきてしまうらしい。人は楽がいい。でも、その人の希望を全て聞き入れていると、人はすぐダメになってしまう。

 思わず何かお手伝いをしてしまう、しないと気持ちが悪い。その空間演出にこだわっているのを実習が始まってすぐに感じました。

 買い物に同行させてもらうと(普段は歩いていくが、雨が降っていたので車で)、「徹底しているな」と思ったのは、わざと遠い駐車場に停めて、歩く距離を長くしていたこと(1Fの入り口前ではなく2Fの駐車場。そこから屋根付きの長い歩道がある)。

 そして、2Fからスーパーに入るのには、もう一つ理由がありました。「ボレロの家は平屋で階段がないから、いいリハビリになる」とのことで、1Fまで階段で下りていきます。2人の入居者は身体機能に差があり、一人はゆっくりゆっくり。一人はあっという間に階段を下りきり、ホームから持ってきた買い物かごを置いて、一人でどこかに行ってしまいました。私が慌てて「大丈夫ですか?」と尋ねると、「大丈夫です。ここに来ると必ずトイレに行くんです。」と言って、そのままゆっくり階段を下りる入居者に付き添い、トイレに行った人はほったらかし。階段を下りきったところで、ちょうどトイレからその人が帰ってきて合流。(わお!)

 1Fのスーパーでは、入居者に「あれとって。これとって。」とお願いしながら、凄い勢いで買い物を済ませていく。「フロアが一人なんで、4時までに帰らないといけないから。」とのこと。それでも、スーパーのカードも使ってもらいながら清算は入居者に任せ、できることはやってもらう、を徹底していました。

 「優しすぎず、きつすぎず」

 少ない人員配置でできるギリギリのことをしているように感じました。

 そして、ホームに戻ってから、皆でまた食事の準備を始めていました。皆で。


4つあるグループホームの統括責任者である沖段(おきだん)俊太郎さんはこう言っていました。

 「介護職は本当によく働いている。仕事が終わるとぐったり疲れる人が多い。私はスタッフがいかに働きやすい環境を作るかに尽力している」

 ただ、そうは言いつつ沖段さん自身の介護へのこだわりと、ボレロの家スタッフの介護を楽しむ雰囲気もあちらこちらで見受けられました。

 中でも面白いな、と思ったのは、外に出かけるとき、靴を履きかえてもらうのですが、こちらでは、小さな生活動作にこだわる、ということを常に意識していて、外に出るときは靴を下駄箱の下の段に入れておく。そうすると、自然かがんで靴をとらなければいけなくなり、生活動作が「ただ靴を取る」から「かがんで取る」という一段難しいものに変わる。そして、外から帰ってきて靴を直す時は、下駄箱の上の段に入れてもらう。すると、背筋を伸ばして腕を上げなければ靴を直せない。ということで、また生活動作のレベルを上げることができる。(ちなみに上段に直した靴は、次の外に出る時までに下段に移されている)

 これは、食器の直す場所でも生かされていて、よく使う食器は(伸びをしないと直せない)上の段、あまり使わない食器は出し入れしやすい下の段というようにしておられた。

 他にも細かい仕掛けがたくさんあって、「使いやすいように」「楽できるように」という発想しかなかった私からすると、驚きの連続でした。

 また、ここの入居者は、昼間徹底的に働かすことで、ほとんどの方が夜ぐっすり眠る、ということでした。(聖仁会の本部長さんは「老人虐待です」と冗談交じりに言っておられた)

 ラヴィータ・ドゥーエのユニットリーダー3人も一緒に行っていたのですが(それぞれ別のグループホーム)、一様に大きな衝撃を受けているようでした。

 「グループホームをやるなら、ここを目指そう」

千の言葉よりも一日の体験。

 現場を体験させてもらうことで、思いを共有しやすくなりました。

 2日間の実習を終え、最後に振り返りの話し合いの場を設けて頂いたのですが、その中で私が、
 「私たちのグループホームのチラシを作った時に、キャッチコピーとして、“出会いたかった認知症支援の場がここにあります”と謳ってしまったんです。まだやってもないのに。ただ、私にとっては、出会いたかった認知症支援の場がここにありました。ここでの支援のあり方をベースにうち独自のものをその上にプラスできたらと思っています。」

というと、本部長さんはこう仰られました。

 『グループホーム発祥の地はスウェーデンと言われています。ここのグループホームを作る前に、その最初のグループホームを作ったとされる、バルブロ・ベック=フリースさんに、そのグループホームを訪れ、会ってきました。そして、いかにそこのグループホームが優れているかを訴え、こんなホームを作りたいと伝えると、彼女はこう言いました。

 「ここは日本ではありません。日本とは環境も文化もあらゆる点で大きな違いがあるでしょう。ぜひ、日本に合ったやりかたで、ホームを作って下さい」と。

 今、私はこう言わせてもらいます。ここは大阪ではありません。広島の田舎。ここだからできている、ということはたくさんあると思います。逆にここだからできないことも。田舎と都会でできることは違うでしょう。ぜひ、大阪の西九条の土地に合ったやりかたで、素晴らしいグループホームを作って下さい。楽しみにしています。』

 この言葉を聞いた時、中継地点としての自分の立ち位置を意識しました。ずっと前から走っている人たちがいる。その人からバトンを渡された時、私も次の走者に向けて走り出さないといけない。いつか「こんな認知症支援の場に出会いたかった」と誰かに言ってもらえるように、私たちも走り続けないといけない。

 広島庄原で得たものがたくさんありました。その中からドゥーエ、及びトレ=小規模多機能型居宅介護を運営していくに当たって心がけたいことが3つ浮かんできました。それは、

「介護に向かう真摯な態度」「十分な準備」「遊び心と面白い仕掛け」

 建物は完成しました。よい現場を作り上げるには、後はスタッフ一人ひとりの成長が欠かせません。安心して身内を預けられるかどうかは、信頼できるスタッフがどれだけ多く存在するかにかかっている。信頼できるスタッフを一人でも多く育てることができるかは、自分自身が周りのスタッフからどれだけ信頼してもらえるかにかかっていると思います。

未知の世界に飛び込み、一からのスタート。

 介護はやっぱり奥が深く、面白い。

 10年前と違うのは、信頼できる仲間がすでにたくさんいること。ワーワーギャーギャー騒ぎ立てながら、色んな人を巻き込み、地域に根差した、地域から信頼される事業運営を目指します!

 




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