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介護の森で見つけた光E 『制約の中にある自由』 

中川 春彦

文章を書く、ということ。

私にとってそれは喜びであり、ぐちゃぐちゃになりかけた思考を
まとまりのあるものに再構築するための重要な作業でもあります。

どこに向かって、そして何のために、
私たちは日々の仕事に取り組んでいるのか?

仕事がハードさを増すごとに、それらを見失いそうになることがあります。

それでも、こうやって一(ひと)呼吸置き、立ち止まって一度じっくり考え直す機会を作ることで、おぼろげながらもまた目指すべき世界が姿を現し始めます。


先日、入浴介助をしている時に、Kさん(女性)が私にこんな話をしてくれました。

Kさんは男性スタッフに入浴介助されることを好みません。
その理由を聞くと、ラヴィータ入居前に入院していた病院で(Kさんは断続的に10年ほどその病院に入院していた)、男性スタッフに入浴介助された際、セクハラまがいの言葉を浴びせられて「ゾッとした」ことがあるから、ということでした。

さらに、病院でのこんな話も。ラヴィータよりも狭い浴室で2人同時に入浴させられ、スタッフ同士が患者の頭越しに(患者はほったらかしで)ずっと会話をしている。体や頭を洗うのは芋の子を洗うよう。入浴が終わると、車椅子に座った状態でバスタオルをかけられ、(服を着させてもらえず)そのままの状態で居室まで、廊下を渡って連れて行かれる。連れて行かれる居室もカーテンで仕切られただけの4人部屋。居室で服を着させてもらえるが、(一人でトイレに行けない人は)横になってオムツを当てられる。(そして、その中で排尿させられる。)

「頭がぼけて何も分からなくなってたらいいけどね。私ぼけてないもん。」

Kさんは認知症がなく、昔のことも最近のこともしっかり記憶することができます。(当たり前ですが、認知症があれば何をしてもいいと言いたいのではありません)

足に痛みはあるものの、車椅子を自走することができ(しかもかなり早いスピードで)、手すりを持てばしっかり立位を取ることもできます。トイレに着いて自分でナースコールを鳴らすこともできるし、スタッフにズボンとパンツの上げ下ろしを介助してもらえれば、何の問題もなくトイレで排泄することができます。ラヴィータでは、尿取りパットを当てることもなく、普通の布のパンツだけで生活することができています。

「ここではゆっくり一人で(他の人と一緒ではなく)お風呂に入ることができる。オムツを当てられることなくトイレで排泄をすることもできる。個室で、誰に気兼ねすることもなくテレビを見ることもできるし、夜は安心してぐっすり眠ることができる(病院では同室に、夜中にうなり声を上げる人がいて、安心して休むことができなかったとのこと)。ここに移れて本当によかったと思っている。」

そうKさんは話をされました。

 

たかが環境、されど環境。

もちろんラヴィータだって悪いところを探そうと思えば、いくらでもあげつらうことはできます。でも、少なくともKさんにとっては、「移れてよかった」と言って頂けるくらいの環境が、ラヴィータにはあったということは言えそうです。

Kさんの話すその病院の環境では、いくら「人権意識を高く持て!」と繰り返し伝えたところで、本当の意味で人権を尊重するようなケアを、援助者に期待することは難しいでしょうし、逆に患者の心を押し殺すようなケアが展開されるのは必至。患者と援助者のあきらめだけが広がっていく。もちろんどんな環境でも工夫のしどころはあると思いますが、古い病院なんかは、生活の場としての機能を考えて設計なんてされていないでしょうし、限界はあるのかもしれません。(現在その病院は新築移転されております。)

 

Kさんとの会話を反芻する中で、一つの思考が頭をぐるぐると回り始めました。

現状に満足できないなら、どうするの?ということで、大きくは以下の4つに分かれるのかなと思います。

 

@    どんなにひどい環境でも、ひたすらその環境に耐える。

A    (環境は変えず)今置かれている環境を少しでもよくすることに力を注ぐ。

B    (すでにある)別の環境に身を移す。

C    全く新しい環境を一から作り出す。

 

Kさんの場合はB。環境を変えることで、生活がよい方に一変しました。でも、変えた環境が今よりよくなるという保証はないし、簡単に環境を変えることができないケースもあるでしょう。一から新しい環境を作るとなればなおさらのこと。

 

では、どうすればいいか?ということなんですが、なぜ私がこんなことを考えるのかというと、つい先日、息切れしながらも頑張って走っていた一人のスタッフが、ついに「もう走れない」と休息宣言をしたからです。

皆で声を掛け合いながら、頑張って走ってきたのに、急に走るのをやめてしまった。

そのスタッフを仮にAとします。Aは言います。

「熱望して入ったラヴィータだったのに、理想と現実は違った」

「自分が不器用だということは分かっている。それでも、(起きたい人は別にして)朝ゆっくり寝させてあげたいけど、無理に起こしている現実がある。(体がしんどい人は別だけど)夕食後はなぜあんなに早く寝させなければいけないのか。職員の都合で業務が回っている現実があるのは否定できないと思う。他の施設と比べてラヴィータが頑張っている、というのは分かる。でも、極端な言い方をすれば、ラヴィータで働いていても、ベルトコンベアーで流れてくる製品を相手に仕事をしているような感覚に襲われることがある。」

 

10年間ラヴィータで働いてきて、私自身が感じてきたこと。それは、

「ラヴィータは特別よくもないけれど、特別悪くもない」ということ。

主任がそんなこと言っちゃあ、身も蓋もない。という声が聞こえてきそうです。でも、実際そう感じているんだから仕様がない。かっこつけたって仕方がない。

さらに付け加えるなら、こんな気づきもあります。

働く者の満足感は、最終的には働く者自身が作り出すよりほかない、ということ。

もちろん、上司や一緒に働く仲間の力を借りて仕事をやり遂げ、大きな満足感を得ることはあります。それに勝るものはないとも思います。でも、最初からそれを期待して、それがないから満足感を得られないなんて言っていたら、手を貸してくれていた人ですら離れていってしまうかもしれません。

2025年問題がメディアを賑わし始めています。団塊世代(第2次世界大戦後の第一次ベビーブームの時に生まれた世代で人口が突出して多い)が後期高齢者(75歳以上)に突入してくる年が2025年。介護保険財政は、現在の8.5兆円から20兆円にまで膨れ上がるという試算も出ています。そして、日本は少子化問題も抱えており、高齢化のスピードが他の諸国に比べてとんでもなく早いことが問題視されています。

今より少ない人数(介助者)で今よりはるかに多くのお年寄りを見る。その現実はすぐ目の前まで来ています。世界が経験したことのない超高齢化社会が間もなく訪れようとしています。

 

高齢者介護を取り巻く環境は概して厳しい。海が荒れに荒れて、小舟が転覆を免れようとして必死の努力を続けているのに、(多くの人が気づかないうちに)さらにとんでもない高波がこちらに押し寄せてきているような、そんな状況。

現場で介護を実践していく上で、様々な制約がこれからさらに覆い被さってくることでしょう。そもそも、20兆円まで上げることができればいいですが、介護保険の費用を初めとする社会保障費全体が圧縮される可能性は高く、介護保険法の改正毎に介護報酬単価が引き下げられ、事業所の収入は減少の一途を辿り、人件費を削らざるを得ない状況になるのは必至。サービスを受ける人たちの重度化も進み、耐え切れないスタッフの他業種への流出は今以上に進み・・・。

今のままでは日本の介護は大げさでなく崩壊してしまうかもしれません。

 

それを防ぐためには、(高齢者が増加するのは防げないのだから)支え手を増やす、ということと、それを実現するために財源を確保する、というのは当然考えなければいけないことだと思います。そして、現場レベルで言えば、日本の介護界に充満している現在当たり前と思われている介護観、死生観を少しずつシフトチェンジしていく必要があるように思います。今より少ない人数でたくさんのお年寄りを見ようというのだから、今やっていることでやっていてもあまり意味のないこと、無駄なことはどんどん削っていかないといけない。今よりもお金をかけないで済む方法論を早急に考え出さなければいけない。もちろん、関わりを放棄し、お年寄りをどんどん放ったらかしにしようというのではありません。逆にお年寄りを放ったらかしにしないために、何をやめるのか、またはやり方を変えるのかを徹底して考える必要がある、と思うのです。

 

まずは、記録。

「記録やケアプランが大切」とここ数年、口を酸っぱくして言ってきて、成果が上がった部分もありますが、結局思うのは、介護を成り立たせるのはセンスであり、情であり、その人に対する興味である、ということ。

膨大な記録を精査・分析して適切なプランが導き出されるというのは建前であって、(もちろん疾病などに対する対応をきちんと把握しておく必要はありますが)認知症の症状に対する対応や、その人の麻痺や拘縮に合わせた介助法というのは、できる人はすっとできるし、できない人は(できないとは言いませんが)なかなかうまくできない。

また、安定していい介護ができる人は概してあったかい人だ、というのもあります。

「あのばばぁ!」とか「このくそじじい!」とか言いながらも、(本当に腹も立っているんだろうけど)その言葉の奥に愛情が感じられる人でないと介護というのは続かない。

でも、全てのお年寄りが好き、なんていうのはないと思います。今までそんな人に出会ったことがないし、いたとしてもそれを全ての介護職に強要することなんてできるわけがない。

ただ、センスが大切、記録は量ではない、というのはそうだと思うのですが、ただ簡略化すればいいというのは、また「違うな」と感じます。

客観的な視線を持って事実をただ書き連ねるだけではなく、あなたがどう感じたから、こう関わった、結果どうなった、という、いわば格闘の記録のようなものがのちのち生きるのではないかと思っています。

無駄な記録を残している暇はない、でも必要な記録は漏れなく残す。徹底してその人個人に必要な記録のあり方を今後さらに検討していく必要がありそうです。

 

次に、介護そのもの。

Aの話にあった、寝てる人を半ば強引に起こし、流れ作業的に寝かしていく。というのもそうかもしれないし、個浴というのは名ばかりで、結局は次から次から、それこそベルトコンベアーに乗せるようにしてお年寄りをお風呂に入れている、というのもそうかもしれない。行きたいなんて言っていないのに「食後だから」という理由で有無を言わせず(声かけもせずに)トイレに連れて行くというのもそうかもしれません。口の開かない人に半ば強引に食事を摂らせるというのは分かりやすくそうでしょう。

こういうのは私自身が嫌で嫌でしょうがなかったから、かなり変えてきたつもりではあります。入浴自体が楽しみになるようにゆっくり入ってもらいたいし、介助が必要になってもゆっくりおいしく(食べたいだけでいいから)食事を摂ってもらいたい。でも、Aにとってはまだまだ「ベルトコンベアー式介護」に映るのでしょう。

 でも、私はこう思います。

主任という立場から偉そうに言わせてもらえれば、自分たちのやっていることに誇りが持てるような仕事をさせてあげたい。人生の最晩年に関わらせてもらっておいて、最終的に私たちは何をやっていたんだろうって自責の念に苛まれるような仕事をさせたくない。

できることは限られており、その限定された仕事はさらに限定される可能性が高いという危機感は持っておかなくてはいけませんが、何のためにこの仕事を私たちはしているのか、何を一番大切にしていかなくてはいけないのか、とうことは全員でもう一度(というか何度でも)考える必要があると思います。お年寄りを苦しめるような(食事を初めとした)介助をしている暇はないと思います。

介護する側もされる側もともに(制約の中にあって、これだけのことができている、これだけのことをしてもらえているという)満足感が今より少しでも得られるような介護のあり方を検討していかなくてはいけません。

 

 介護観、死生観を変えていく、ということを考える時、介護現場レベルから少し視線をずらすと、日本の医療のあり方を考えずにはおれない、というのがあります。

 現在の医療費がおおよそ37兆円。それが2025年には50兆円を超える、と言われています。厚生労働省もそれを危惧しており、長期入院の是正や生活習慣病の予防対策、医療の効率化、といった医療改革を推進する、とのことですが、(大きな声で言うと袋叩きにあうので小さめの声で言わせてもらいますが)はっきり言って「日本人は医療を受けすぎ」だと思います。

 昔は医療なんておまじない程度のものだったが、皆穏やかに死んでいった、ということをよく聞きます。人間の欲の中には「少しでも長く生きたい」「(大切な人を)少しでも長く生きさせたい」というのがあるのでしょうが、いつかは皆死ぬのだから、そんなに医療を受けて、そんなに薬を飲んでどうするの?という気持ちが私にはあります。

 医療を受ける権利は誰にでもあり、一時的な病気や傷害を克服するために医療が必要というのもよく分かります。医療が必要ないなんて一言も言っていない。けれど、問題なのはお金が儲かるからと言って必要のない医療や薬を受けさせる(処方する)医療関係者と、盲目的に医療を受けに群がる一般市民の意識にあるように思います。

 日の丸日本の家計は火の車。無駄遣いするんじゃありません!と大喝したくもなります。日本という国自体が大病を患って息も絶え絶え。健康体になる方法が分からず、ひたすら薬を飲み続けていることしかできていないような、そんな悲しい映像が浮かんでくるようです。

 

話が少し脱線しますが、先日ある本を読んでいると、こんなことが書かれてありました。

「日本の近代史をひもといてみると、およそ40年で大きな節目を迎え、上がり下がりを経験する、つまり80年という周期で、近代日本は、歴史的な変動を繰り返していることに気づかされる。」(『燃える闘魂』稲盛和夫 毎日新聞社)

というもので、具体的にその節目を簡単に振り返ると、江戸幕府が日本の統一政権としての実権を失い、事実上崩壊していたとされるのが、1865年。(大政奉還が行われ、長州・薩摩を初めとする倒幕派が維新を成し遂げ、明治新政府を樹立したのが1867年。)

国家運営の基本方針を「富国強兵」に定め、殖産興業と軍備拡張によって、近代国家の建設を目指し、1905年には日露戦争に勝利し、ポーツマス条約に調印。

大国ロシアに勝利した日本がとった政策は「さらなる軍備の拡張」。そして、無理に無理を重ね、1945年、第2次世界大戦の敗戦という悲劇的な結末を迎えます。

しかし、敗戦により焦土(焼け野原)と化した日本は、それ以降は「富国強兵」の「富国」に政策を改め、GDPでアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国へと発展を遂げました。しかし、それによって莫大な貿易黒字を上げ続ける日本に、諸外国からの批判が高まり、日本の一人勝ちを抑制しようとする「プラザ合意」が1985年に行われます。強硬な内需拡大要求により、市場に資金があふれ、バブル経済を加速させ、土地や株式が高騰。日本中が投機熱で燃え上がり、一気にバブルが崩壊。

現在も、その後遺症が癒えず、経済は低迷を続け、湯水のごとく発行され続けた国債(国の借金)残高がGDP比で200%を超え、もはや破綻寸前といっても過言ではないほどになってしまっている。これが日本の今の姿。

こうして見てみると、近代日本は、確かに40年周期で「盛」と「衰」を繰り返しているのがよく分かります。歴史は繰り返す。そして、同じ過ちを人は何度も繰り返す。

歴史という大きなうねりの中にあっては、個人の思いではどうにもならない現実があるようです。振り子が大きく右に振れている時に、どれだけ大きな力で左に戻そうとしても、止めることはできないのかもしれません。

 

さて、皆さんもうお気づきかもしれませんが、2025年というのは、(40年周期が今後も続くという仮定に立てば)バブル崩壊以後右肩下がりの日本の「衰」の終わりの年でもある、ということが見えてきます。2025年問題を、日本崩壊の始まりの年と捉えるのではなく、日本再生のきっかけの年と捉えると、未来の展望が大きく変わってきます。

もちろん、ただじっとしているだけでは日本の未来に待っているのは「衰」の一文字。いつの時代も時代を揺り動かす「人」が登場します。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』『世に棲む日日』『坂の上の雲』なんかを読んでいると、時代の転換期には、登場するべくして(後の世の人に)英雄と呼ばれる人が時代に躍り出てくる、というのがよく分かります。

 

我々介護職が英雄になる、というのは正直ピンときません。そして英雄の登場をただ待っているだけ、というのも芸がありません。英雄にはなれなくても、私たちにだって、制約だらけの世を嘆くことなく、現場を成り立たせ続けるだけの勇気を持ち、常に工夫と改善を続ける努力を怠らない、ということくらいは何とかできそうです。そこに気概が生まれ、組織(チーム)が熱を帯びてくる。そうして、一人ひとりの心が静かに動き始めると、組織は変わり、時代は大きく渦を巻き始め、「盛」に転換し始めるかもしれません。

 

自由を脅かすもの、自分に一番の制約を与えるのは自分自身である、ということ。そのことを知り、有限な私という存在をいかに最大化して使うことができるのかを考えた時、(できないことはできない、と開き直れた時)人は今より少しだけ自由になれるのかもしれません。
 

Aの憂鬱は私にはよく分かる。

けれど、楽しみながら雑事を解決していく。制約の中で自由を手に入れる。そのことの重要さをもっともっと知ってほしいと思っています。納得いかないことがあるなら、納得いくまで闘ってみろ!不器用なら、器用な人間に負けないだけの工夫をしてみせろ!優しいだけが介護職じゃない。闘い続ける気概を持った人だけが、介護の世界を支え続けることができるんだ。…なんて自分に対しても言ってみたりして。

 

介護の世界は厳しく、そして面白い。

2025年まであと12年。悠長に構えていたら、それこそあっという間に高波が現場を丸ごと押し流して、さらっていってしまうでしょう。今から十分考えて備えておかなくてはいけない。

制約の中にも自由はある。どんな社会がこれから訪れて、制度がどんな風に変わろうとも介護職はお年寄りを支えていかなくてはいけない。その現実だけは変わりようがない。

団塊世代、私の親の世代がまさにそうですが、その前後する世代のお年寄りたちが社会から見放され、非業の死を遂げるようなことがないように、何が求められているのかを見極め、制約の中で最大限の成果を上げられるような介護を今後も目指します。






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